日米半導体生産とTSMC


 半導体受託生産で世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)の子会社「Japan Advanced Semiconductor Manufacturing(JASM)」は遂に22年4月19日、工場建設予定地の熊本県菊陽町と立地協定を締結し、同月21日に着工 、2024年12月の出荷を目指すとしています。

JASMは世界的な半導体需要に応え、新工場は日本国内でも最先端の回路線幅10~20ナノメートル台の演算用ロジック半導体を生産し、JASMに出資するソニーデンソー向けに供給する計画と言われています。TSMCは21年11月、日本で初めて半導体の製造受託サービスを提供する子会社JASMを熊本県に設立し、チップ工場を建設すると発表していました。

一方、TSMCの創業者である「モリス・チャン」氏は、米国での半導体生産に否定的な見解を述べて波紋を広げているようです。

チャン氏は、米国に「米国は自国での半導体生産を拡大しようとしているが、米国にはすでに製造業の人材はおらず、コストも高く、不経済なやり方だ」と不満を述べているようです。

続いて「米国が半導体製造をやりたがるのはよくないことだ。台湾よりも50%もコストが高く、台湾の採算には到底及ばない。米国政府の要請で新工場建設にとりかかっているが、数百億ドル程度の補助金では米国で半導体生産を進めるにはかなり少ない額だ。」

とも言っているようです。

バイデン政権は現在、半導体で520億ドル(6兆6千億円)の補助金制度を設けるように議会に働きかけているようですが、上下院で法案がまとまらず、またライバルのインテルが「米国の補助金は、米国企業に優先してだすべきだ」と主張し始めており、チャン氏は「米国はもう昔のような国に戻ることは不可能だ」と不満をあらわにしているようです。

米国は2020年9月、華為技術(ファーウェイ)、中芯国際集成電路製造(SMIC)に対する輸出規制を発動しました。「『一国の盛衰は半導体にあり』をよく理解している米国は、ファーウェイやSMICへの禁輸などを通じて、中国のエレクトロニクス産業が米国の覇権を脅かすことがないように手を打っているといえます。

今から約40年前、日本は米国と「日米半導体摩擦」を経験しました。

1981年には64キロビットDRAMのシェアで日本メーカーが70%を占め、「日本の半導体メーカーが不当に廉価販売している」として、1985年、米国半導体工業会(SIA)が米通商代表部(USTR)に日本製半導体をダンピング提訴しました。

こうして1986年、「日米半導体協定」が締結され、(1)日本市場における外国製半導体のシェア拡大、(2)公正販売価格による日本製半導体の価格固定が約束されました。

価格の固定化は競争心を削ぎ、外国製品の強制的な流入は諦め感を人に醸成します。

米国は協定を守っていないと100%の報復関税をかけ、日本のメーカーの開発意欲を削いでいきました。政府は需要のある分だけ半導体を生産するように業界を指導し、半導体メーカーは価格競争をすることなく、固定価格で生産する一方で、韓国などから安い半導体攻勢をうけ、シェアを落として衰退の道へと進みます。

これには裏話があり、日韓間には半導体のブランド力に差があることから、30%までの価格差なら日本製、30%を超える価格差なら韓国製という棲み分けがあり、日本側が需要が減ったとして減産し、また需要減から価格も下げると、減産した分だけ韓国が増産し、また価格も日本が下げた金額の30%を下げた価格で販売することで、日本のシェアを奪っていったと言います。韓国に半導体技術を教えた結果がブーメランとして日本に返り、日本の半導体はシェアを落とし、衰退していきます。

日本の半導体メーカー、そして国にも言えることですが、課題として、①日米半導体協定によって、半導体への取り組み熱意が薄れていったこと、②パソコン、携帯電話(スマホ市場)の急激な拡大を予想できなかったこと、③半導体事業は総合電機メーカーの1事業だったために設備投資への意思決定が遅れたこと、④ファウンドリー(半導体受託製造)や設計専業などの水平分業への対応が無かったことなどが挙げられています。

この半導体への国をあげての取り組み熱意の欠如は、2012年のエルピーダメモリの倒産に集約されます。後1年、つなぎ融資があれば延命できたと言われるエルピーダメモリは倒産しました。

当時の役人のなかには、マイクロンの役員が大手半導体を倒産させることはやめた方がよい、との進言をしたと言われていますが、日本の役人の返答は「安い半導体は韓国から購入すればよいから、日本メーカーが倒産してもかまわない」、というような発言をしたと聞いています。

いずれにしても日米半導体協定は日本の半導体産業を壊滅状態に追い込んだ大きな要因ですが、その後の日本の発展の芽を摘んだ大きな要因として、日本人のメンタリティーの弱さ、理不尽さを好機に変えるようなしたたかさは持ち合わせていないところにもあると思われます。

米中間で、現在半導体摩擦が激化していますが、中国が日本と同じと考えると、米国は大きな痛手を被ることになると思います。

表1 為替レートの推移

ところで、モリス・チャンが言うように、米国での半導体は難しくなっているのでしょうか。それと対照的に、日本の場合は如何でしょうか。

表1から、日本は絶え間ない円高に襲われ、円高に対応した国作りに励んできました。それが、グローバリゼーションという名の下に、海外に日本企業を大量に進出させ、円高でも円安でも対応できるような国作りに励んで来ました。

1945~1990年は1ドル360円からひたすらに円高に進む時代であり、1990~2022年は、円がほぼ一定の為替水準で落ち着いた時代、そして2022年以降、価格は円安の方向に動き始めました。

表2 最近の為替レートの推移

 表2は、最近の為替の動きを見たものですが、2022年4月24日には、とうとう1ドル128.47円、最近にはない円安水準へとなっています。

このことは、日本での生産コストが劇的に安くなることを意味しており、TSMCが日本の熊本にJASMを設立したことは正解といえる様相を示すものになってきています。

逆に米国半導体工場は非常にコストの高いものになる可能性があります。

日米半導体工場の明と暗がはっきりと分かれてきつつあるようにも思われます。

円安を悪と思うか、善と思うか、国の将来を考えた場合に、どちらが国の発展に今寄与するかを考えて判断する必要がありそうです。

日本の半導体製造コストは、韓国よりも、台湾よりも低くなっている可能性があります。日米半導体協定で学んだ、

  • 米半導体協定によって、半導体への取り組み熱意が薄れていったこと、
  • パソコン、携帯電話(スマホ市場)の急激な拡大を予想できなかったこと、
  • 半導体事業は総合電機メーカーの1事業だったために設備投資への意思決定が遅れたこと
  • ファウンドリー(半導体受託製造)や設計専業などの水平分業への対応が無かったことなど

を反省材料にしながら、半導体産業を今度こそ韓国などに明け渡すのではなく、先を予測しながら、大胆な産業開発を、国を挙げて行うべき時が奇しくも今訪れてきたのかとも思われます。

日本の半導体産業に、エールを送りたいと思います。

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