2022年4月13日の外国為替市場で1ドル126円台前半まで円安が進み、市場では動揺が続いています。世界的なインフレが発生している中でさらにロシア・ウクライナ戦争により原油や穀物などの国際商品市況は高騰しており、各国は金融引き締めに動き始めています。こうしてアメリカ連邦準備委員会(FRB)は0金利政策の解除を決定し、長期金利は昨年末の1.5%から2.7%台にまで上昇しています。
しかし利子償還などの公債費を低く抑えるために、日銀は無制限に公債を買い入れることで長期金利を低く抑え込むという、世界の流れとは逆行する長期金利“ゼロ”政策を継続しています。
通貨は内外の金利差が拡大すれば金利の大きい国に流れるという王道へと進みます。こうして金利の低い日本から金利の高いアメリカに資金は移動することになり、外国為替市場で“円安”圧力が加速することになります。
では円安になることで、どうしてこれほどまでに騒ぐ必要があるのでしょうか。
円安のメリット、デメリットとして、
1.メリット
1)輸出を促進できる
2)円建ての輸出が増え、輸出企業の収益が拡大する
3)海外からの配当などが円建てで増加する
2.デメリット
1)原材料高で輸入企業の収益が悪化する
2)ガソリン高などで消費者の購買力が低下する
などが挙げられます。
円安で騒ぐ理由は、①輸入物価の上昇で、消費者の購買力が低下し、家計負担が大きくなる、②原料高で輸入企業の収益が悪化する、ということになります。
特にデフレ基調が続く日本では賃金の伸びが期待できない中での消費者物価の上昇になりますから、その負担感は想像以上に大きくなる可能性はあります。
ところで資源小国の日本と違って資源大国のアメリカで、インフレは何故おきたのでしょうか。景気が良くなり、拡大したからでしょうか。いいえ、コロナが蔓延する中で、景気が拡大することはありません。ではなぜインフレが始まったのでしょうか。
そもそも“インフレ”とは“景気拡大”の代名詞のようなものでインフレが起きた場合には、必ず景気が過熱気味であると言われ、逆に”デフレ“とは”不景気“の代名詞のようなもので、デフレが起きた場合には必ず景気が後退気味であるとされてきました。
インフレの時は“もの”の供給不足で、お金よりも“もの”に価値があり、デフレの時は“もの”の供給過剰で、“もの”よりも“お金”に価値がある世界です。
現在の日本は供給力は十分にある世界ですから、基本的に需要不足の世界、すなわちデフレの世界ということになります。
ここで、コロナが蔓延したときの、アメリカのコロナ対策を振り返ってみます。
アメリカではコロナ対策として、①雇用の確保(企業・失業対策)、そして②消費者対策として金融緩和措置、巨額の財政支援が行われ、二つの問題の解決に取り組んでいきました。
バイデン政権は、コロナ禍からの「より良い回復」を達成するために、①約1.9兆ドルの米国救済計画 、②約2兆ドルの米国雇用計画 、③約1.8兆ドルの米国家族計画という経済・財政の三大計画を発表し、その総額は総額約6兆ドルに上ります。日本円で言えば、約700兆円という、けた外れの財政政策を打ち出しました。
こうして米国の雇用、景気は回復してきましたが、多額の財政支援による“金余り(過剰資金)”が表面化することによって、インフレが発生してきたと考えられます。
インフレを抑制する方法としては、
- 金融引締(金利アップ) :設備投資抑制
- 緊縮財政・増税(主に消費税) :支援金抑制(余剰資金回収)
が挙げられます。
金融引締めは、設備投資意欲を減退させ雇用を悪化させますが、雇用が十分に確保されている状況の場合、景気過熱を冷やす意味からも重要です。
一方、緊縮財政は政府支出を減らし、財政政策によるインフラ投資、設備投資の減少、財政支援縮小による消費者の購買力の増加をストップさせることを通じて景気を冷ます方法ですが、最も即効性があるのは“税収”のアップ、特に消費者に直接訴求する“消費税”のアップはインフレ抑制効果が大きいものと推察されます。
今後取られる米国のインフレ対策は“高金利”政策を行う一方、コロナ対策支援をなくすことにあり、この方法によりインフレを抑えるとします。
しかし増税を抑制するこの方法では大量に市場に投入された過剰資金は回収されず、インフレの鎮静化には時間を要することが想定されます(これに比べて税収アップ、消費税率アップの場合、過剰資金を直接回収できるために、インフレ抑制には短期的効果を発揮しやすいと思われます)。
いずれにしても、過剰資金は回収されずそのままに、金利政策によって景気過熱を治める選択が取られる場合、高金利政策はインフレ抑制にかなり時間がかかることを想定しておく必要があります。
すなわち、日本の低金利政策はこのまま続き、かつアメリカの高金利政策もこのまま続くことを考えますと、今後は円安が定着する可能性が高いとみることができます
以上は、現状の為替変動を、短期的な変動要因によって説明したものですが、長期的な変動要因によっても、日本は“円安”方向に向かう可能性が大きいことを説明できるのではないかと思われます。
戦後の日本の為替は1ドル360円から出発しました。しかし、1971年のスミソニアン合意による主要国の通貨切り上げ、日本は360円から308円に切り上げられ、その後の主要国の変動為替相場への移行によって日本の円は更に円高へと進むことになります。
第1次オイルショック、第2次オイルショックを乗りきった日本は1985年のプラザ合意により円高を容認し、合意発表からわずか1日で、為替レートは1ドル=235円前後から20円も円高に動き、翌1986年7月には150円台まで円高が進みました。この大幅な円高は、自動車や電機といった輸出企業に経営効率化を迫るとともに、国民生活では輸入品の消費拡大、海外旅行ブームが起き、バブル経済が発生しました。
しかし、1990年3月の「土地関連融資の抑制について」(総量規制)に加えて、日本銀行の急激な金融引締により信用収縮が一気に進み、バブル経済は崩壊の道を歩みます。
株価は1989年12月29日に最高値38,915円87銭をつけたのをピークに、翌1990年から暴落に転じ、1993年末には、日本の株式価値総額は、1989年末の株価の59%にまで減少しました。
バブル崩壊で不況に陥った日本経済をさらに苦しめたのが日米貿易摩擦の激化と円高でした。
貿易摩擦は自動車に加えて、鉄鋼、半導体、スーパーコンピューターなどから、建設、流通、金融、サービスに至るまで広範囲にわたり、アメリカはこれらの分野の閉鎖性は「非関税障壁」だとして、その改善が進まないのは日本に構造的な問題があるからだとして、1989年に、これらを包括的に交渉する日米構造協議をスタートさせ、この協議は名称を変えながら1995年頃まで続くことになります。
こうした状態が何年も続くうちに、日本経済の力は削がれていくことになりました。
1991年12月のソ連崩壊後1993年1月、クリントン政権が誕生しました。クリントン政権は、経済的不均衡是正を目指して、当時世界最大の貿易黒字大国だった日本に対して円高政策を強力に推し進め、1995年4月には79円95銭の当時の史上最高値の円高を実現し、日本の輸出産業に円高不況と呼ばれる深刻な打撃を与えました。
日本政府に対しては減税や銀行への公的資金の投入に加えて、貿易不均衡是正を目指すスーパー301条に基づいた市場開放を強力に要求してきました。
日本たたきを展開する一方で、中国との接近を図ります。天安門事件後、中国が経済面での開放政策を打ち出したのを機に中国との経済関係を深め、クリントン政権は中国が1994年に行った人民元の大幅切り下げを認めます。こうした中国への肩入れによって、1990年代後半から中国の急速な経済成長が始まり、中国の輸出増加を大いに助けました。日本に対する円高要求とは正反対の対応です。
こうして日本の製造業は製造コストが極端に安くなった中国へ大挙して進出を果たす一方、日本の製造能力は衰えて行くことになります。
2012年2月、日本最大のエルピーダメモリが円高倒産します。同じころ、シャープも液晶テレビで苦境に陥り、2016年3月、鴻海が亀山工場を含めたシャープ全体を買収します。日本のブランドメーカーがこうして次々に円高によって消えていくことになりました。
日本の製造業は円高によって国内生産が難しくなり、グローバル社会という美名の下に、製造業は大挙して海外へと出ていきました。
考えてみてください。円は当初の1ドル360円から、1ドル120円、約3倍の通貨高にまでなったのです。世界で、これほどの通貨高になったのは日本だけです。
したがって、円高により日本の経済構造は円高に合った形に急速に再編されつつあり、輸入型企業が栄え、輸出型企業が縮小、撤退へと追い込まれることになりました。しかしこの形態は日本から国富が出ていくことを意味しており、資源を持たない日本は早晩貿易黒字は無くなり、また海外進出企業も海外での利益は海外投資に回すことが多く、日本への還元も少なくなり、結果日本の経常収支も早晩赤字になり、円安になることは目に見えるものでした。ただその時期が早いか、遅いかの違いでした。
現在、ロシア・ウクライナ戦争を機に、その時期が早まったと思って良いと思います。
ではどう対応するかですが、国民には少しの間辛抱していただき、国内生産を優遇するような政策をとって頂いて製造業を国内に戻し、かつ国富を国内に取り戻す政策を取ることが肝要かと思います。
現在、ある識者つぎのように述べておられます。
『現在、日本が貿易赤字国に転落したことで、恩典的円安の時代に入っていくのではないだろうか。それは購買力平価から相当程度(2~3割か)安い為替レートが定着し、日本の価格競争力に為替面からの恩典が与えられる時代でもある。懲罰的円高時代と同様に、今回も経済合理性とともに、覇権国米国の国益がカギとなる。米国は脱中国のサプライチェーンの構築に専念しているが、その一環として中韓台に集中している世界のハイテク生産集積を日本で再構築する必要性が出てくる。そのためには恩典的円安が必須となる。
注目されるのはTSMCの熊本工場のアップグレードと増強である。日本のコスト高を補てんすべく政府が4,000億円の資金供与を行ったが、1ドル120~130円になると日本工場のコスト競争力が大きく高まる。台湾一極集中のTSMCは工場の多国分散を図らざるを得ないが、日本での生産体制を大きく構築していく可能性も想定される。白川日銀総裁時代の1ドル80円の円高の下でエルピーダメモリが破綻してマイクロンテクノロジーに買収されたが、今日本のマイクロン広島工場は最も高収益の工場になっているはずである。日本が一度失ったハイテク産業集積を取り戻す可能性は大きく高まってくるといえよう。
購買力平価を超える円安が定着し日本企業の価格競争力が大きく回復し、企業収益が史上最高を更新している。法人企業の売上高経常利益率は高度成長期から2012年頃までの2~4%水準から大きく上昇し、7~8%となっている。企業にようやく賃金引き上げの原資が備わりつつあることがわかる。また国内生産コストが円安で低下したことで工場の国内回帰の必要性が高まってくる。さらに輸入品をより安価な国産品に切り替える動きが強まってくるだろう。
円安は輸出業者にプラス、輸入業者にはマイナスなど、関係者によって利害得失は相反する、よって答えは出ない。しかし長期的に日本の国益、日本経済の繁栄を考えればとてもいいことである。国際競争はいかに世界の需要を自国に取り込むかの競争である。円が弱くなれば輸出が増え輸入が減る、また海外移転工場の国内回帰、輸入品の国内生産代替なども起きる。よって日本国内投資と生産が増え所得は増える。かつて超円高の時代はそれが逆回転した。日本企業は海外に工場を移し、国内需要は安い中国品に浸食された。しかし今、日本企業の(国内で発生する)コストが30年前の半分に低下した。またコロナパンデミック終息の暁には割安になった日本に外国人観光客が殺到するはずである。このように価格競争力回復強化がすべての経済活動の基本である。それには円安が必須であることがわかるだろう。
メディアでは輸入物価の上昇で家計を直撃する「悪い円安」との議論が多い。経済同友会の桜田謙悟代表幹事は定例記者会見(3/29)で、輸入物価上昇を通じて原材料を輸入に頼る内需型の企業が苦しむことを念頭に「適切な水準だとはとても思えない」「(円安は輸出企業にメリットが大きいが)輸出企業だけが日本経済を引っ張っているわけではない」と悪い円安論を展開した。急激な変化は混乱を招くので調整は必要だが、円安という趨勢に抵抗すべきではない。輸入企業は円安を嘆き非難するのではなく、国産代替などの戦略転換を図るべきであろう。
積極的金融緩和姿勢を堅持する日銀の断固たるスタンスは国益という観点から心強い。』
円安に揺れる必要はないと思います。この円安を再び強い日本の復活のために役立てるとき、日本は長いデフレのトンネルを抜けることができると思われます。