2022年3月17日、為替は1ドル118.67円をつけた。最近のドル・円の動きをみるとウクライナ危機後、約3円程度円安になっている。この傾向は「有事の円買い・ドル売り」の逆の傾向であり、これまで長きに渡って続いてきた「有事の円買い・ドル売り」という信仰が崩れてきたことを物語っている。
さしあたり、ロシアとの経済取引が遮断され、各戦略資源が凍結される中で、日本の経済状況は如何なる方向に動くのかを冷静に探る必要がある。
1.円安と日本経済
現在の日本の貿易収支、経常収支は資源高もあり、(マイナス)で動いており、この局面は円安方向に向かうトレンドを示している。言い換えれば、輸入物価の価格上昇により、国内物価が上昇し、コストプッシュインフレを誘発する恐れがあるものになっている。
しかし問題はコロナが収束していない現在、日本はほぼマイナス成長にあり、デフレを全く克服できていないというところにコストプッシュインフレを招くという最大の問題を抱えている。
コロナ、デフレ経済下では賃金上昇は低く抑えられ、一部大企業を除いた国民の絶対多数の賃金上昇はほとんどないと思って差し支えない。
賃金上昇がないところに、コストプッシュインフレが続けばどうなるのか、すでに鋭敏なる皆さんは、日本は本当の不況に陥る入口に立っていることが理解されていると思う。すなわち“スタグレーション”の到来である。スタグレーションとは、「不況下の物価高」を意味し、国民生活は急速に縮小均衡の罠にはまり、経済は縮小貧困化の道をまっしぐらに進むことになる。
デフレとは別名“不況”の代名詞であり、デフレ経済下の日本はウクライナ戦争が長引けば長引くほど大幅な経済縮小均衡が訪れ、国民は疲弊することになる。
現在アメリカは急激にインフレが進んでいるという。一方日本ではデフレが止まない。この差を皆さんはどのようにお考えだろうか。
2020年、コロナが全世界に蔓延したとき、欧州や日本の財政支出は、コロナ危機による経済の落ち込みが最も大きかった2020年4-6月にピークを迎え、その後は減少傾向にあるが、一方、米国は、2020年4-6月期に加え、ワクチン接種が加速した2021年1-3月期にも、2020年4-6月期を上回る財政出動が実施され、その結果2021年1-3月期の可処分所得は、コロナ危機前の水準を20%程度上回り、消費の回復を促す要素になったと言われている。
日本政府は財政をどのように考えているのか、確認しておきたい。政府見解:『今回のような危機時には大規模な財政出動が必要になる。日本は、コロナ対策費を主に国債で賄っているが、今後、債務が持続不可能な水準に達し、国債による安定的な資金調達がままならない状況に陥ってしまえば、危機時に必要な財政出動も行えないどころか、財政不安から長期金利が急騰する事態にもなりかねない。IMFによれば、日本の政府債務残高はコロナ危機前の2019年時点でもGDP比230%程度と、コロナ危機による大規模な財政出動後である2020年の米国の130%程度を、大きく上回っている。東日本大震災や度重なる豪雨被害、そして今回のパンデミックと、定期的に大規模な災害に見舞われることを前提として、「平時」に財政健全化を着実に進める仕組みをビルトインしていくことが重要だ。』
とあるように、基本は財政再建が根底にあり、大規模な財政出動も、基本的にできるだけ抑えた形で財政出動を行うために、実際に経済活性化には大きな効果を上げにくい構造になっている。
2020年、コロナ対策で消費税撤廃という話題もあり、消費税撤廃による経済押上げ効果は30兆円程度とみられていたが、現実の消費税廃止の動きはなく、様々なところから資金を工面した補正予算でコロナ経済対策は行なわれ、その後はすでにみたように、財政再建の枠組みの中でアメリカのような積極財政は行われず、あまつさえ補正予算の使い残しをするなど、景気は低迷を続けることになった。
ここで確認しておきたいが、国債の償還はどのように行われているのだろうか。いつまでも国債は積みあがるばかりで無くなることはない。
実は国債は“借換債”で、満期の来た国債を借り換えすることで、国債満期の資金繰りを図っている。
しかし考えてみて欲しい。こういうことはモラルハザードで起こりえないが、常識的に考えれば、国債は金融債であり、日銀券も金融債と考えることができ、国の国債の借換債を日銀券にすれば、国債償還は借り換えすることもなく、日銀券が投入された時点で償還は終わることになる。いずれにしても、対外債務が少なく、日銀に銀行券発行権限がある限り、日本で債務が滞って国が破綻することはない。
1300兆円が国の債務と言われているが、債務という資本の一方にはバランスシート上、資産があるはずであり、資産と資本が相殺されてバランスシートは成り立っている。債務だけ、資産だけというのはあり得ない。
いずれにしても、対外債務はほとんどなく、日銀の特殊事情を考慮すれば、日本が債務不履行で破綻することなどありえず、銀行券発行権限のない家計予算での家計における財政健全化と銀行券発行権限のある国の国家予算における財政健全化を混同した国家財政論議の結果は、失われた30年で十分論証されてきたものと思われる。
さて、為替は1ドル118.67円、そして今後の為替の動向において、この円安傾向は何を意味しているのだろうか。
それは、国力の低下を反映しているものと思われる。失われた30年は、実は国力の低下を反映し、その結果が更に経済力の低下、経常収支の恒常的赤字化を招き、スタグフレーションへと日本を追いやることになるものと思われる。
2.円高と日本経済
日本経済が強かった時、そしてそれでもまだ強かったと思われていた時の為替レートを見てみたい。
表1によれば、日本がまだ高度経済成長期にあった時、日本の為替は約1ドル300円と極めて低い水準で推移し、日本の経済が強くなるにつれて円高の方向に振れている。
西暦 | 和暦 | 為替レート | 為替レート | 為替レート |
円/ドル | 元/ドル | ウオン/ドル | ||
1972 | 昭和47年 | 302.5 | 2.22 | 392.90 |
75 | 50 | 305.2 | 2.04 | 484.00 |
80 | 55 | 242.0 | 1.53 | 607.40 |
85 | 60 | 238.5 | 3.20 | 872.45 |
90 | 平成2年 | 144.8 | 4.78 | 710.64 |
95 | 7 | 94.1 | 8.32 | 772.69 |
2000 | 12 | 107.8 | 8.29 | 1130.90 |
2005 | 17 | 109.64 | 8.19 | 1023.75 |
2010 | 22 | 88.09 | 6.77 | 1174.53 |
2011 | 23 | 81.04 | 6.51 | 1112.32 |
(出所) |
大蔵省貿易統計。但し、96年以降は、大蔵省貿易統計に基づき日本貿易振興会がドル建て換算したもの。 |
http://zyoutou.com/report/currency/database.html |
経済企画庁調査局編「アジア経済2000」平成12年6月 |
内閣府政策統括官室「世界経済の潮流」平成17年12月 |
※資料 財務省貿易統計よりジェトロ作成 |
一方、経済が弱かった当時の中国、韓国の為替レートは高く、昭和47年当時、中国は1ドル、2.22元、韓国は1ドル、392.90ウオンと、極めて高く設定されており、その後元安、ウオン安に支えられて中国、韓国経済は急成長していく。
日本は元安、ウオン安とは逆に経済が強くなるにつれて円高と高くなっていく。貿易黒字、経常黒字が後押しして円高を演出していくことになった。
この当時の日本経済は強く、バブル期には世界経済の17%近くの経済パワーを持っていたが、現在は4~5%程度にまで落ち、日本経済は弱くなっており、それが為替相場に反映され、日本円の急落を招いているといっても良いのではないかと思われる。
しかし、何故このように日本経済が弱くなったのかが問題である。
3.金融政策と財政政策
1)金融政策
日銀が図1のように利子率を下げる、すなわち金融緩和政策に移るということは、企業の設備投資を活発化させ、景気を浮揚させることが狙いにある。
しかし、現実には利子率を下げたからといって、景気が浮揚している訳でもない。
それは何故か。簡単に言えば民需が弱く、設備投資をしても採算が合わない、というところに問題の根がある。
ではこの民需を拡大させるためにはどうすれば良いか、民間企業に現状、民需を拡大させる力がないとすれば、政府の財政出動が必要になる。
図2を参照すれば、社会保障費と国債費が突出して拡大しつつあり、公共事業費、その他科学技術、産業政策に回す支出は削減されている様子が窺われる。即ち、民需誘発の財政出動は基本的に少なくなっていると結論づけられる。
資金のバラマキはバラマキで、それなりの効果はあるが、資本は乗数効果が見込まれるために、産業間で循環する施策が求められる。それが財政政策であり、民需を拡大させる王道でもある。
しかし、現在の日本政府には経済循環の仕組みを理解し、適切に財政政策を行える人材が少ない。少ないというよりも、積極財政を主張し、経済再生を唱える人材は傍流として財政再建論者の主流から外され、適切な経済再生政策が行えない状況にある。
民間でできにくく、かつ将来必要になるインフラ事業、最先端事業などへの積極投資は、今後大きな収入源になると期待されるが、財政均衡論によって、民需拡大の芽は摘まれているのが実態といえる。
今日本の経済は、金融緩和という「アクセル」と、緊縮財政という「ブレーキ」を同時に踏んでいるので、同じところをくるくると回るだけで、先に進むことができない。
この原因は政府の「財政均衡論」から派生しており、経済活性化をしているという既成事実を作るために金融緩和を進めているとしか思えない。しかし、金融緩和だけでは、大きく停滞した民需不足のために貸出金利を低く抑えても民間の設備投資意欲はわかず、雇用の改善、賃金アップという経済成長の道を歩むことはできない。
現在のデフレが続く日本で経済再生を願う時、政府が「財政均衡論、プライマリーバランスの堅持」を変えないかぎり、その道を歩むことは難しい。
現在の円安は、こうした日本経済の状況を反映したものであり、政府は真摯にこの円安を受け止める必要があるものと思われる。
日本経済は、いよいよ待ったなしの状況にまできていることを心にとめるべきではないかと思われる。
こうした現状を踏まえた上で、失われた40年を回避するためにも、私たちは私たちの将来をどう変えるか、真剣に考えなくてはならない時期、入口にきているのではないかと思われる。
皆さんの奮起を、心から応援したいと思います。
注)図はフリー画像を使わせていただきました。ありがとうございます。