ルックイースト―マレーシアが目指す所ー A8


1981年、マレーシアのマハティール前首相は“ルックイースト”を掲げ、日本の経済発展を手本とすべきことを提唱した。
 それから40年、現在のマレーシアのルックイーストは「中国の経済発展」を手本とすべきことを提唱しつつある。
 21世紀に入って、中国の経済成長は凄まじく、2050年にはアメリカをも凌駕し、世界最大の経済大国になることが予想されている。
 
 しかし一方、民主主義国ではない共産主義中国の拡張主義は世界を震撼させ、世界に新たな緊張関係をもたらそうとしている。
 中国の経済成長は共産主義と一体になって初めて発生するものだろうか。もしもそうなら、マレーシアは共産主義国化しなければならない。
 果たしてマレーシアの“ルックイースト”は、共産主義と経済発展とを同時に学ぶことを意味しているのだろうか。逆に経済発展には共産主義化が必要なのかを問いたい。もしもそうなら、世界は更なる成長するために共産主義化する必要があるだろう。
 
 社会は大まかな捉え方をすれば、政治・経済で成り立っている。それを簡単に区分けすれば、
 1.政治の仕組み
  1)民主主義 :権力を市民が持ち行使する
  2)独裁制・専制君主制・共産主義(1党独裁):個人や党派が国家権力を独占する
 2.経済の仕組み
  1)資本主義:人や企業が自由に経済活動できる
  2)社会主義・共産主義:計画経済と平等な分配の実現

 では最初に中国の経済発展の道筋と内容を見てみよう。
 中国の経済成長の道筋は鄧小平の1978年から始まる改革開放に遡る。広東省の深圳や福建省の厦門などの経済特区が、上海、天津、大連などには経済技術開発区が設けられ、人民公社を解体する一方、外資を積極的に導入することで資金確保、技術移転が行われ、経済体制の改善が進んだ。

 1989年天安門事件が発生し、欧米の制裁によって一時改革開放は中断することになったが、ここで神風が吹き、中国の経済成長が始まることになった。

 まず一点目は日本のバブル崩壊が挙げられる。
 1985年プラザ合意により、円高が急激に進み、1985年当時1ドル200~240円程度で推移していた円はその後1995年には79円25銭にまで急騰することになった。
 一方、土地、住宅価格急騰により大蔵省から通達された総量規制は日本経済を一気に悪化させ、一時38,000円台を付けた株価も急落し、景気減速、需要の低迷が続き、景気低迷に喘ぐ企業は人件費の圧倒的に安い中国に大挙進出することになった。日本の中国進出を見て欧米も中国進出を企てることになる。
 二点目は、天安門事件に対す対応にある。
 当時の内閣総理大臣であった宮澤喜一は1992年、中国の要請に応えて天皇陛下のご訪中を実現した。天皇陛下のご訪中を中国共産党は天安門で孤立する状況解決の糸口とし、国際的にアピールすることで、国際復帰に成功した。
 1994年、円安誘導で貿易を伸ばしていると強烈に日本批判をしたクリントン大統領は中国に赴き、中国人民元を1993年に1ドル平均約5.76元だったものを1994年に1ドル8.59元程度にまで激安の方向で合意している。クリントン大統領の思惑に、アメリカの貿易輸入先を大きな貿易赤字国先である日本から当時まだそれほど大きな経済規模でなかった中国に移そうとする意図があったのではないかと思われる。
 日本はバブル崩壊と猛烈な円高、人民元の激安、そして天皇陛下の訪中という後押しもあり、雪崩を打って中国に進出を果たすことになる。そして、欧米もこれに続くことになった。こうして1990年代に、中国に中国発展の土台が築かれることになった。

 2001年11月、中国は143番目のWTO加盟国になり、関税等の特別優遇措置を受け、高関税、元安を背景に徹底した国内産業の保護・育成、外資導入を図り、輸出拡大によって世界の工場としての地位は不動のものになった。中国の市場経済への本格的参入が実現したときでもある。

 しかし、WTOに明記してない様々な“中国版規約”を設けて、中国有利な環境づくりを進めていく。中国版規約は時と共に変わっていくが、例えば、
① 中国で投資する場合、合弁企業(他に独資、合作、駐在員事務所)を形成し、その場合出資比率は中国51%以上、進出企業49%以下にすること。
※目的は中国側が経営決定権を掌握すること。
② その場合、合弁企業の投資内容は基本的に、
○中国側の投資:土地(貸付)、労働力の提供
○進出企業の投資:技術、資本の提供。
※目的は過剰な中国国内労働力の吸収と海外進出企業から技術と資本の移転を図ること。

この結果、中国側は国有で無償の土地と数億人の無限とも言える廉価な労働力を提供することで、中国側の負担はほぼ0のまま技術と資本を獲得し、また合弁企業の出資比率から決定権は中国が握り、合弁事業がうまくいかず、合弁を解消し中国市場から進出企業が撤退を試みようとしても中国の合弁先企業が賛同しない場合、進出企業は中国市場から容易に撤退できない状況が作り出された。


③ 技術開示の強要(知的財産の無償開示)と盗用・スパイ活動
 〇中国へ商品を輸出する場合には、その商品の技術を開示すること。
 ○千人計画、スパイ活動、洗脳計画(孔子学院)等、様々な技術の盗用、洗脳  教育を画策

中国は輸入商品に対して技術の開示を強要して、技術の取得に成功した(開発投資の節約)。こうして開示もしくは産・官・学における千人計画等による盗用・スパイ活動によって取得された技術は中国企業すべてに開示され、そのうちの当該技術に関心のある中国企業が廉価で同製品を、時によっては国家の支援を受けて圧倒的に廉価かつ大量に製造、販売し、国内外市場を席巻してきた。

このように、WTO加盟後の中国市場は為替操作・株式操作、また外貨の持ち出し禁止、各国からの輸入商品への技術開示の強要、盗用等、経済の仕組みは形こそ西側諸国と似ているが、その制度の利用・運用の仕方は西側諸国のモラル・常識・信用の盲点を突いたものであり、市場を歪める技術開示の強要、盗用、為替の人為操作等が基本になっている。西側諸国ではビジネスモラルとして実施できない、考えられないことが中国ビジネスでは市場に適用されており、中国市場は西側諸国と対等の市場条件でのビジネス環境にはなく、中国は中国に有利なWTOの利用及びWTOに規定されていない制度を独自に創作することによって、多大な便益を西側市場、WTOから享受してきた。

 様々な制度、便益を加えた中国のWTO加盟後の経済成長は目覚ましく、2010年、WTO加盟後わずか10年で中国は日本を超えて世界第2位の経済大国に躍り出ることになり、その8年後の2018年の経済規模はUSA:205,802億ドル、中国:133,680億ドル、日本:49,717億ドルと中国の成長は突出している。そして2050年には、中国のGDPは約50兆ドル、アメリカ40兆ドル、日本は5兆ドル程度と、中国はアメリカを凌駕し、日本の約10倍の経済規模を有するようになると言われている。
 中国のGDPの急激な成長を見て、経済成長モデルを中国に求めようとする動きもある。しかし、中国モデルは巨大な中国市場をバックにして「非市場経済、独自モラル、盗用、技術開示の強要、スパイ活動等」をベースに発展したものであり、市場規模が狭小で「非市場経済、独自モラル、盗用、技術開示の強要、スパイ活動等」を行う力のない弱小国が真似ることのできるものではない。

 
 中国の政治は中国共産党が指導することになっているため、共産党員が日本の役場職員のような位置づけにある。中国は一党独裁であり、他の政党は存在しない。
 中国共産党は総書記-政治局常務委員-政治局員-中央委員-党員からなり、政治局会議で中国の重要事項の決定が下される。
 また、行政機構として国務院制度があり、国務院で省庁業務が遂行される。
 中国の国会は1院制の全国人民代表大会であり、全国人民代代表大会の仕事には、法律の制定、国家主席と国務院総理の選出、国家経済計画と予算の承認などがある。
 なお、国家主席とは、中国の最高指導者(国家元首)の職名であり、総書記とは、中国共産党の最高指導者の職名で、国家主席の位置づけは元首としての象徴的なものに過ぎない。

 したがって、中国では中国共産党が中国を支配しており、中国共産党一党の決定、方針が中国の決定、方針となり、共産党のトップの総書記の権限は絶大なものとなる。

 政党間の確執や競争がないこのことは、逆に言えば中国は総書記の哲学、考え方次第で独裁制、専制君主制に即移行できる体制にあるといえる。

 確かに聖人君主的な総書記であれば、この組織は世界に例をみないほどの優れた業績を後世に残す組織になることは疑いない。しかし、歴史は往々にその期待とは逆の道を歩む。多くの権力者は独裁者の道を歩む。
 現在の中国も総書記が終身制に移行する噂もあり、独裁者、専制君主になることの欲望を抑えることは難しい。

 考えてみたい。確かに中国経済は中国に適するように改良した資本主義体制で動きつつある。しかし、一党独裁の政治システムは国のトップに立つ者如何によって、独裁政治、拡張主義に走る可能性を否定できない。
 中国のこれまでの経済成長は、新しい制度、仕組みを発明・発見し、正々堂々と発展の王道を歩んで得たものではなく、その発展過程は他国にマネのできない活動に裏付けられたものであり、それらをまねて経済成長することなど、通常の国家では難しい。
 一党独裁の政治形態は、民主主義に慣れ親しんだものにとって、桎梏になることが予想される。

 またマレーシアの“ルックイースト”が中国を規範とするものになるとき、マレーシアに様々な軋轢が生じることが予想される。

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