―脱炭素に動く欧州・中国―
今から約40年前、日本は米国と「日米半導体摩擦」を経験しました。
1981年には64キロビットDRAMのシェアで日本メーカーが約70%を占め、「日本の半導体メーカーが不当に廉価販売している」として、1985年、米国半導体工業会(SIA)が米通商代表部(USTR)に日本製半導体をダンピング提訴しました。
こうして1986年、「日米半導体協定」が締結され、(1)日本市場における外国製半導体のシェア拡大、(2)公正販売価格による日本製半導体の価格固定が約束されました。
価格の固定化は競争心を削ぎ、外国製品の強制的な流入は諦め感を人に醸成します。
米国は協定を守っていないと100%の報復関税をかけ、日本のメーカーの開発意欲を削いでいきました。政府は需要のある分だけ半導体を生産するように業界を指導し、半導体メーカーは価格競争をすることなく、固定価格で生産する一方で、韓国などから安い半導体攻勢をうけ、シェアを落として衰退の道へと進みます。
2012年2月27日、「エルピーダメモリ」が倒産しました。1銭,2銭の価格差が粗利益に大きく直結し、「エルピーダメモリ」を倒産に追い込むのには十分でした。
アップルは韓国1社(サムスン電子)体制になることを懸念し、2011年12月と12年1月に財務省所管の政策投資銀行に「DRAMは重要なのでエルピーダをサポートしてほしい」とお願いしたところ、政投銀は「日本にDRAMは必要ない。韓国から買える」と言って、アップルの提案を拒絶したといいます。
こうして、一斉を風靡した日本の半導体産業は衰退の道を歩み、今ではTSMC、サムソンの後塵を拝するまでに落ち込み、半導体不足が起きれば、自動車産業をはじめ、多くの製造業で生産調整が実施される状況に落ちいっています。
現在欧州で地球温暖化対策の一環として脱炭素政策が進められ、自動車産業では電気自動車(EV)へのシフトが進みつつあります。
過日、日本の高い燃費性能を誇る「ハイブリッド車(HV)」は環境車の「世界基準」となり、日本が世界最大の自動車メーカーを擁立する、一大自動車の生産拠点としての地位を築いてきました。
一方欧州の自動車メーカーは、この日本の牙城を切りくずさんと、過去HVにディーゼルエンジン技術で対抗しようとしてきましたが、2015年に発覚した排ガス試験で頓挫し、巻き返しを図るために、日本の取り組みが遅い「EV」で対抗する方向にチェンジしました。
確かに地球温暖化対策のために脱炭素は重要です。しかし、脱炭素社会構築を大義名分としながら、EVシフトで日本の自動車産業の駆逐を狙う「欧州のしたたかな戦略」が透けて見えます。
独メルセデスベンツやスウェーデンのボルボカーが相次いでEV事業に移行する計画を発表し、EU欧州議会は2022年6月8日、HVの新車販売を2035年に禁止する法案を支持し、官民挙げて日本を環境車の盟主から引きずり下ろそうとしています。
低炭素技術をリードしてきた日本メーカーは「イノベーションのジレンマ」に陥っており、EVでは守勢に立たされ、自動車立国としての立場は危ういものになってきています。
中国のスマートフォン大手の小米科技(シヤオミ)がEV事業を担う子会社を立ち上げ、多くの中国企業はEVの量産化を目指しています。
習近平政権はEVを国際競争の根本的な転換に繋がる「ゲームチェンジャー」に位置づけています。その念頭にあるのは、自動車産業によって世界市場への影響力を拡大してきた日本の成功であり、良品質の日本車は「メイドイン・ジャパン」の広告塔になってきました。
中国は、EV車が全ての中国商品の品質を保証する「メイドイン・チャイナ」の広告塔になることを目指しているのかもしれません。
こうして、欧州、中国は国を挙げて日本の追い落としに奔走しているのですが、こうした世界に対して、日本の対応には鈍いものがあります。
図1は、2021年5月の経産省の「世界のEV販売台数の比較」ですが、中国、欧州のEV普及台数が多く、日本の場合、まだほとんど普及していないと言って良い状況にあります。
では日本のEVは世界に相当の遅れをとっているのでしょうか。いや、2009年に三菱i-MiEVが量産、市販され、続いて2010年に日産リーフが発売されることにより、日本が先駆者となりました。リチウムイオンバッテリーをEVに車載して売ったのも三菱、日産の両社が世界初です。
充電に関しても、急速充電の基盤整備のためにCHAdeMO(チャデモ)が開発され、EVと急速充電器の間で通信による相互確認を行うことで、安全に充電する考え方が日本によって示されました。
現在では、200V(ボルト)の普通充電で単にケーブルをEVにつなぐのではなく、EVの充電状況を確認しながら安全に充電を果たすためのコントロールボックスをケーブル途中に設置する必要性を日産が示し、今ではそれが世界的な標準となっています。
このように、EV先進国は日本だったのですが、日本政府には「脱炭素社会」を見据えたような大きな世界的展望を見通す力、能力が無く、またたとえあったとしても、その世界的課題を「世界の共通課題」として国際組織に訴え、例えば「脱炭素社会」に適合する技術開発のイニシアティブをとることができず、結果、現状の地位に甘んじることになっています。
また、一方、日本にはHV(ハイブリッド車)があり、EVへのシフトがなかなかスムーズに運ばないところにも問題がありました。
日本の自動車産業は、過去の半導体産業よろしく、日本の今では最も大切な基幹産業になっており、この自動車産業が衰退した場合、日本に本当の「日本滅亡論」が跋扈することになるかもしれません。
図2は、2021年度の日本の一般会計です。ここで見えることは、公共事業、文教・科学振興、国防、コロナ対策が約5%程度であり、その他の項では、食料・エネルギー(2%)、経済協力・中小企業対策費(0.7%)、恩給・その他事項経費(5.5%)、予備費(4.6%)と、財政投資がほとんど見られないことです。
確かに日本の財政では、総花的に非難をかわすために、様々な項目を掲げますが、その実予算措置がほとんどないために効果は微妙という項目がほとんどです。
ここで、日本のEV戦略を見ておきたいと思います。
日本では「2035年までに乗用車の新車販売で電動車100%を実現する」という方針が定められていますが、ここで言う“電動車”には、HVやFCVも含まれており、すべての車をEVにする、ということではりません。
この方針は、経済産業省が2020年12月に関係省庁と策定した「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(以下:グリーン成長戦略)によるもので、2021年6月に改訂版が発表されました。
ここでは、「2030年までに急速充電器を今の4倍の3万基を設置すること」、に対するインフラ整備、税制優遇や研究分野への支援、国際連携などに触れられており、より具体的な戦略が打ち出されています。
このグリーン成長戦略は、自動車分野に限ったものではなく、エネルギー関連産業や半導体・情報通信産業などにも及び、さらに温室効果ガスの排出削減につながる14の重要な産業分野が特定されており、総合的に経済成長と環境適合を考える趣旨になっています。
では、世界のEVへの取り組みを見ておきたいと思います。
1 アメリカ
アメリカでは、バイデン大統領が2021年8月5日に「2030年までにアメリカ国内で販売する新車の50%以上を電動化する」という大統領令に署名し、政策が進められています。
これと同時に、GM、フォードなどの自動車メーカー各社は、大統領令に沿って電動化の推進を加速させる旨の声明がなされ、本格的に電動化へと舵を切ることとなりました。
なお、EVやPHV、FCVは電動化車両に含まれますが、ハイブリッド車(HV)は含まれないとされています。
2 欧州
欧州は、ヨーロッパ連合(EU)の執務機関であるヨーロッパ委員会(EC)により、「欧州グリーンディール」に関する法案が発表されました。
この中で、自動車分野についてはCO2排出量が「2030年までに2021年比で55%削減」「2035年までに2021年比で100%削減」となっています。
したがって、2035年にはHVも含めてすべてのガソリン車・ディーゼル車が禁止されるということになります。
3 中国
中国は、NEV政策(新エネルギー車規制)を加速させ、2035年までに「NEVの割合を50%以上」とし、そのうち「EVを95%以上にする」という目標を掲げています。また、NEV以外の残りの50%については、ガソリン車をすべてHVとするとしています。
こうして見ると、世界は急速にEV普及に向けて動いており、そのための技術開発、政府支援も積極的に行われる様子が見てとれます。
日本は世界最大の自動車メーカー「トヨタ自動車」に、EVやPHV、FCVの開発、普及をほぼ丸投げし、電動車の普及のためのインフラ整備も現状PB重視のため国の支援があまり期待できないものになっています。
ただし、国や地域によってエネルギーインフラや社会情勢は大きく異なりますから、EVシフトに問題ない地域もあれば、ガソリン車やディーゼル車の方が適している地域もあります。
また、資源~製造~流通~使用~廃棄・リサイクルの、LCA(ライフサイクルアセスメント)も考えれば、世界の車がすべて早い時期にEVに置き換わることは無理と思われます。
ただ、日本でEV普及がなかなか進まない理由のひとつとして、車種の選択肢が少なく「小さい車がほしい」「7人乗りのミニバンがいい」などの要望がある人にとっては、現在の日本市場にあるEVの選択肢はあまり多くありません。
しかし、欧州の自動車メーカー各社はEV開発を推進しており、車種も急激に増えています。日本でも同じように車種の選択肢が増えれば、EVはもっと身近になり、普及率も自然と高まっていくものと思われます。
いずれにしても、現在は18世紀末の「イギリス産業革命」の時代に匹敵する「技術革新」の時代に私たちは生きています。
世界各国が世界の技術覇権、生産拠点化を目指して激烈な競争を繰り広げている時、日本政府の「PB」重視は、日本を究極的な「敗者」の道へと導くものとなります。
現在自動車業界は「トヨタ自動車」を始めとして、産業としては日本最強の技術集団、機械製造集団といってもよく、いまここで政府の支援が無くてもこの危機を乗り越えることができるかもしれませんが、更に強化する意味で、政府との連携、官民連合としての道を選ぶことも、極めて大切な選択肢であると思われます。
この新たな技術革新の時代、自動車産業が半導体産業の二の舞にならないことを、心から願うものです。