日米半導体投資における“TSMC”の明暗


 [2021年5月12日 ロイター]

半導体受託製造で世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)は、米アリゾナ州の半導体工場に数百億ドル規模の追加投資を検討していることが、複数の関係筋の話で分かったとのロイター報道がありました。

TSMCは2020年5月、既に100億─120億ドルを投じてアリゾナ州フェニックスに半導体工場を建設すると発表していました。

ロイターは2021年5月、TSMCが同州でさらに最大5か所の工場建設を計画していると報じました。2020年発表の工場は回路線幅5ナノメートル(nm)の工場ですが、追加で建設する工場は、より高精度な3nm技術の工場にするか、その詳細は現在検討中との報道がありました。

関係筋によると、3nm工場の建設には230億─250億ドルかかる可能性がありますが、TSMCでは、フェニックスに10─15年かけて工場を増設し、次世代の2ナノ技術による生産構想も出ているといいます。

 その後2022年2月28日、ロシアーウクライナ戦争の勃発により、資源・エネルギー価格が高騰し物価上昇が激しくなる中、米国政府によるコロナ対策のための多額の“復興資金”供出に伴うインフレを抑えるために、米国連邦準備制度理事会(FRB)は金利引き上げを実施し、これらの状況から、米国経済は”高賃金”、”ドル高”経済へと移行することになりました。

 

 2021年、アリゾナ州では120億ドルのTSMC半導体新工場、そして80km離れた所にはインテルの200億ドルの半導体拡張工事が行われ、競合が開始されました。

 建設労働力確保の問題、そして工場稼働後の高度技術を有するエンジニアや技術者の確保が課題になっています。

 地元アリゾナ州立大学は、長年の付き合いからインテルとの繋がりが強く、知名度において地元インテルより劣るTSMCの採用は困難に直面しています。

 そして人件費で見れば、TSMCの米国採用エンジニアの平均年俸は「11万8千ドル(1510万円/128円/ドル)」、インテルの平均年俸「12万8千ドル(1638万円/128円/ドル)」を超えるものになっており、エンジニアや技術者の企業モチベーションはインテルが高いものになっていると思われます。

 更に、米国求人サイト「ハイアード」によれば、米国のソフトウエア・エンジニアの平均年俸は「15万6千ドル(1996万円/128円/ドル)」で米国でのエンジニアや技術者の確保が容易でないことに気付かされます。

 一方、受託生産で世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)の子会社「Japan Advanced Semiconductor Manufacturing(JASM)」は22年4月19日、工場建設予定地の熊本県菊陽町と立地協定を締結し、同月21日に着工 、2024年12月の出荷を目指すとしています。

 ASMは世界的な半導体需要に応え、新工場は日本国内でも最先端の回路線幅10~20ナノメートル台の演算用ロジック半導体を生産し、JASMに出資するソニーデンソー向けに供給する計画と言われています。TSMCは21年11月、日本で初めて半導体の製造受託サービスを提供する子会社JASMを熊本県に設立し、チップ工場を建設すると発表していました。

 またグローバル顧客対応のために2020年に設立された横浜の「TSMCジャパンデザインセンター」は、世界各地のデザインセンターと協力し、5nm、3nm、さらにその先の最先端プロセスを使用する顧客サポートを行い、その一環として、社内テストチップやSRAMマクロ、コンパイラ等の開発、設計環境の構築を行っています。

2022年2月に立ち上げられた「TSMCジャパン3DIC研究開発センター」は、複数のシリコンウェハまたはダイを垂直方向に統合し、それらを接続して1つのデバイスとして機能させる最先端半導体の開発を目的に茨城県つくば市に設立されました。

JASMは、「TSMCジャパンデザインセンター」、「TSMCジャパン3DIC研究開発センター」と連携を組みながら、日本での事業展開をしていくことになります。

TSMCの日本事業の有利性について見ておきたいと思います。

1 日本の賃金水準

2 為替の推移

 図1、表1から分かることは、日本の賃金はこの20年減少し続け、そして最近米国の高金利政策により円安が進行し、この傾向は日銀黒田総裁が金融緩和を続けると表明したことから、今後も永続することが想定され、日本での製造コストは格段に抑えられ、輸出競争力強化に繋がり、国内での半導体需要が低迷したとしても、強い輸出競争力で国内需要不足を補うことができると思われます。

 この動きは米国の、高賃金、ドル高とは全く逆の動きであり、TSMCの米国での半導体生産は米国内企業向けであるのに対して、日本での半導体生産は日本国内および海外展開を含めたものになり、TSMCの海外工場では投資成功の部類に入るのではないかと推察されます。

 勿論、米国での半導体は5nmの最先端半導体生産ですから、日本の10~20nmの旧型半導体とはすみ分けができ、競合は抑えられるかと思われます。

今から約40年前、日本は米国と「日米半導体摩擦」を経験しました。

1981年には64キロビットDRAMのシェアで日本メーカーが70%を占め、「日本の半導体メーカーが不当に廉価販売している」として、1985年、米国半導体工業会(SIA)が米通商代表部(USTR)に日本製半導体をダンピング提訴しました。

こうして1986年、「日米半導体協定」が締結され、(1)日本市場における外国製半導体のシェア拡大、(2)公正販売価格による日本製半導体の価格固定が約束されました。

価格の固定化は競争心を削ぎ、外国製品の強制的な流入は諦め感を人に醸成します。

米国は協定を守っていないと100%の報復関税をかけ、日本のメーカーの開発意欲を削いでいきました。政府は需要のある分だけ半導体を生産するように業界を指導し、半導体メーカーは価格競争をすることなく、固定価格で生産する一方で、韓国などから安い半導体攻勢をうけ、シェアを落として衰退の道へと進みます。

 政府の無策が、日本の半導体産業をつぶしたといっても過言ではないかもしれません。

 そして、最後の極みは2012年2月27日の「エルピーダメモリ」の倒産でした。1銭,2銭の価格差が利益に大きく直結する半導体事業で、1ドル73~80円/ドルの超円高は「エルピーダメモリ」を経営破綻に追い込むのに十分でした。

アップルは韓国1社(サムスン電子)体制になることを懸念し、2011年12月と12年1月に米アップルが財務省所管の政策投資銀行に「DRAMは重要なのでエルピーダをサポートしてほしい」とお願いしたところ、政投銀は「日本にDRAMは必要ない。韓国から買える」と言って、アップルの提案を拒絶したといいます。

日米半導体協定は日本の半導体産業を壊滅状態に追い込んだ大きな要因ですが、その後の日本の発展の芽を摘んだ大きな要因として、日本人のメンタリティーの弱さ、理不尽さを好機に変えるようなしたたかさは持ち合わせていないところにもあると思われます。

 しかし、歴史は繰り返すではありませんが、「エルピーダメモリ」が倒産してから10年後、今度は日米逆の立場に立つことになりました。

 

「高賃金・強いドル」と「低賃金・弱い円」は、日本での生産コストが劇的に安くなることを意味しており、TSMCが日本の熊本にJASMを設立したことは正解といえる様相を示すものになってきています。

逆に米国半導体工場は非常にコストの高いものになる可能性があります。

日米半導体工場の明と暗がはっきりと分かれてきつつあるようにも思われます。

円安を悪と思うか、善と思うか、国の将来を考えた場合に、どちらが国の発展に今寄与するかを考えて判断する必要がありそうです。

日本の半導体製造コストは、韓国よりも、台湾よりも低くなっている可能性があります。日米半導体協定で学んだ、

〇米半導体協定によって、半導体への取り組み熱意が薄れていったこと、

〇パソコン、携帯電話(スマホ市場)の急激な拡大を予想できなかったこと、

〇半導体事業は総合電機メーカーの1事業だったために設備投資への意思決定が遅れたこと

〇ファウンドリー(半導体受託製造)や設計専業などの水平分業への対応が無かったことなど

を反省材料にしながら、半導体産業を今度こそ韓国などに明け渡すのではなく、先を予測しながら、大胆な産業開発を、国を挙げて行うべき時が奇しくも今訪れてきたのかとも思われます。

 日本にもまだ半導体企業が残っています。

1 キオクシア(旧東芝メモリ)

2 ソニーセミコンダクタソリューションズ

3 ルネサス エレクトロニクス

4 ローム

5 東芝

6 日亜化学工業

7 三菱電機

 そして、半導体製造装置では、まだ日本は強みを持っています。

TSMCへの補助金だけでなく、日本半導体産業にも5000億円程度の補助金があればと願うのは、わたしだけでしょうか。

日本の半導体産業に、エールを送りたいと思います。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です