2022年4月15日、鈴木俊一財務相は『価格転嫁や賃上げが不十分な状況で進む円安は「悪い円安といえる」』と述べ、市場では1ドル130円台まで下落すれば政府の円買い介入があるかもしれないとの観測がありました。
2022年3月の企業物価指数は前年同月比、9.5%上昇と、第2次石油危機があった1980年12月の10.4%以来の高い水準になり、値上がりしたのは包装資材や物流コストの上昇で、消費者物価の上昇圧力も強まっています。
この円安の背景には、利上げを進める米国と「粘り強く金融緩和を続ける」日銀の金融政策の違いがあり、金利がほぼゼロの円を売って、金利の高いドルを買う流れは合理的と考えられます。
では、日銀は為替防衛のために利上げをするのかと言えば、「為替防衛には米国並みに利上げをする必要があり、米国並みのペースで利上げすれば、財政が破綻する」と日銀関係者は言います。
したがって、円安対策に利上げは難しく、また金融緩和策の放棄をすることはできません。
また、2021年度は5兆3749億円の貿易赤字で、その内容はコスト面ではエネルギー・資源価格の上昇、生産面では新型コロナの感染拡大や東南アジアからの部品調達難、半導体の供給不足などにより生産を増やせなかった為であり、今後2022年度がどうなるかはオミクロン型の新型コロナ、半導体不足の状況によるとの見通しがあり、世界の需要の回復がどうなるかで大きく状況は変わってくると言われています。
大和総研によれば「輸出は今後も伸び悩み、とくに感染拡大が続く中国向けはふるわない可能性が高い」と言われています。
日本鉄鋼連盟の橋本英二会長は2022年3月、「鉄鋼は輸出業種であるとともに、鉄鉱石など原材料の輸入が多く、資源高下での円安は競争力をむしばむ」と、円安による鉄鋼業への悪影響を指摘されました。
新型コロナウイルスでインバウンド(訪日外国人)が激減し、ウクライナ紛争で輸入物価が高騰し、通常ではあり得ない出来事によって円安のデメリットが際立つ状態になっていますが、こうした価格問題とともに、国内産業の構造問題があり、企業がこれまでの円高が続く局面で、円高でも収益が出る企業体質に変化させるために生産拠点を海外に移転させ、その結果、円安でも国内からの輸出が増えない生産構造になっていきました。
しかしこれにより、国内での生産能力の削減に伴う経済縮小、そしてそれに伴う商品への需要減少、停滞と国内経済は縮小化の方向に進み、正社員の減少、非正規社員、ニートの増加などで賃金は構造的に低下の道を辿り、デフレ経済の道をひたすら歩むことになりました。
エネルギー・資源高による商品価格上昇の「企業物価」と末端の「消費者物価」を見ることにより、価格転嫁が世界でどのように進んでいるかを見れば(表1)、日本の場合、現在のところ企業物価はほとんど消費者物価に反映されていません。
言い換えれば、今後消費者物価は上昇することが想定されるものになっています。
こうして「悪い円安」が多くのメディアで言われ、今や、1ドル120円台でも円安と言われ、「賃金が停滞する中での消費者物価の上昇」という弊害が言われるようになりました。
2022年5月23日の日経新聞で、大手企業(311社)の集計によれば、企業の好業績により平均賃上げ率は前年比0.48%増の2.28%と7割の企業が賃上げ率を高めたと言われています。
2022年4月の消費者物価指数は2%を超えたと言われ、企業の賃上げ率2.28%は消費者物価の上昇率とほぼイーブンであり、消費者の生活改善実感には物足りないものとなっています。
しかし、この企業の好業績は「円安効果」とも言えるものであり、これまで「悪い円安」として、円安を見ていましたが、現実に円安効果が企業業績に見られるものとなっており、これを一時的と揶揄してこの流れを断ち切ることは、経済の動きを停滞させることに繋がり、再び従来のデフレ経済に導くことになります。
財務相は『価格転嫁や賃上げが不十分な状況で進む円安は「悪い円安といえる」』といいました。では、『価格転嫁や賃上げが十分な状況になってからの円安容認を「良い円安」』ということでしょうか、それとも、『価格転嫁や賃上げが不十分な状況にあるけれども、円安の状況下で格転嫁や賃上げが進むなら、円安容認』ということでしょうか。
財務相の言い方をすれば、『価格転嫁や賃上げが十分な状況になってからの円安容認』になりますが、アナログ的に動いている経済を、「こうなったら認める、こうなったら認めない」というような割り切った言い方はできないと思うのですが、財務相はそのような考え方をすることを知っておく必要があります。
正解は、『価格転嫁や賃上げが不十分な状況にあるけれども、円安の状況下で格転嫁や賃上げが進むなら、円安容認』だと思います。
円安のメリット、デメリットを挙げれば、
1.メリット
1)輸出を促進できる
2)円建ての輸出が増え、輸出企業の収益が拡大する
3)海外からの配当などが円建てで増加する
4)インバウンド(訪日外国人)が増えて、内需が拡大する
2.デメリット
1)原材料高で輸入企業の収益が悪化する
2)ガソリン高などで消費者の購買力が低下する
などが挙げられます
今、円安のメリットが出て、1)輸出を促進でき、2)円建ての輸出が増え、輸出企業の収益が拡大しました。そして、賃上げ率は大きく伸びました。
円安の輸出効果が出るまでは円安に否定的な意見が多かったかもしれませんが、企業収益が拡大することによって「賃上げ率」が改善することを見ることによって、円安の効果を感じることができます。
しかし、輸出企業は全体の企業数の中から言えば少なく、多くは内需型の企業、サービス業が多くを占め、これら多数の中小企業が円安の効果を享受して、初めて総合的な円安効果を持つことになります。
その内需型産業に大きな影響を与えるのが「インバウンド(訪日外国人)」になります。
この「インバウンド(訪日外国人)」を抑えているのが「変異型コロナウイルス」です。
経団連は「入国制限撤廃」を政府に訴えています。
経団連の提言によれば表2のように、国際往来の本格再開を求めたものになっており、入国制限は撤廃される可能性があり、円安による「インバウンド(訪日外国人)」効果が出る可能性が大きいものになっています。
こうした動きに合わせるように、国内資本、外資による旅行増をにらんだ「ホテル投資」が活発化しており、シンガポール政府系ファンドのGICは、「好立地で高品質な資産を大規模に取得できる貴重な機会だ。今後増加するであろう世界的な旅行需要により安定したリターンを期待できる」として、西部ホールディングスのホテルやスキー場などの施設を約1500億円で取得すると決めています。
現在、悪い円安報道が多くを占めますが、円安効果が出て、コロナ対策で「国際往来の本格再開」
するようになるとき、賃上げ率も全産業に渡るものとなり、経済回復の狼煙になるものと思われます。
そして、次にロシア・ウクライナ紛争がどう終結するかですが、ロシア・ウクライナ紛争の終結によって日本の経済は回復軌道に乗ることが想定されます。
ただし、国際情勢は流動的であり、どうなるか予測がつきません。
ここで、もう一度確認をしておきたいのですが、国債金利負担軽減のために日銀黒田東彦総裁が低金利政策を取り続け、一方米国がインフレ抑圧のために高金利政策をとりつづける限り、円は円安傾向を堅持し、輸出企業、インバウンドサービス産業が息を吹き返すことが期待されます。
そして、円安が今以上に進行するとき、海外の生産拠点は日本に帰ることが想定され、そのとき日本の復活が見られるかもしれません。
円安は、日本の製造業の復活になるものと思われます。
「悪い円安」報道とコロナ後の「日本経済」