―成長の起爆剤に―
記事要旨:脱炭素社会に向けて欧州が先陣をきっていましたが、ロシア・ウクライナ戦争により、脱炭素社会の実現に遅れが出てくる可能性があり、若干周回遅れの傾向にあった日本も、これを機会に欧州にキャッチアップすることができる可能性があります。そのための、積極財政の一つである「GX経済移行債」は重要な財務省の経済対応と言えます。
ロシアのウクライナ侵攻により、日欧米のロシア制裁により、一気に世界のエネルギー事情に暗雲が立ち込めてきました。
ウクライナでの戦争勃発以来、EUはロシアからのエネルギー輸入に厳しい姿勢を示しています。
フォンデアライアン欧州委員長は最初に、石炭、続いて石油を、そしてその後、天然ガスについても輸入停止の検討を始めたことを明らかにしています。
注目はEU最大の経済規模で、2021年にガス輸入の55%、石炭55%、石油35%、さらにロシア産天然ガスへの依存度が極めて大きいドイツの動向で、EUがロシアからのエネルギー資源の輸入停止を実現できるかはドイツの動きにかかっているとみなされています。
EUでは人道的見地から「ロシアへの輸入代金がウクライナ侵攻の戦費に充てられる」ことを防ぐために、ロシアからのエネルギー輸入停止を叫ぶ声が強まっています。
ドイツも例外ではないのですが、逆にロシアから報復措置としてEUへのガス輸出停止の事態も考えられ、この場合にはドイツ経済への悪影響は計り知れないものになると予想されています。しかし、欧州理事会のミシェル議長は「遅かれ早かれEUはウラル原油の輸入禁止を検討しなければならない」と断言しており、ドイツは第二次大戦後最大の危機を迎えることになると思われます。
これまでロシアとの緊密な関係を築いてきたドイツの政治家は国内外で批判を浴びていますが、このドイツ=ロシアの緊密な関係は第二次世界大戦の独ソ戦を背景に安全保障の強化につながるといった考え方が根底にあったのではないかと思われます。
いずれにしても、石油多消費型の化学、自動車、鉄鋼産業などでは反発が強まっています。
ドイツ政府はロシア産ガスを代替する他のエネルギー源への移行を模索し、風力発電や太陽光発電などの再生エネルギーのシェア拡大に努めていますが、しかし同時に、ロシアからの天然ガスの輸入削減に備えて、石炭火力発電の2030年までの段階的廃止計画も棚上げの視野に入りはじめ、脱炭素の計画に遅れが生じる可能性が取りざたされ始めています。
ドイツのハ―ベック経済相はロシアのウクライナ侵攻後、石炭、石油については年内に、天然ガスも2024年半ばまでに全面輸入停止の方針を示しました。人道的見地からも経済的得失についての議論は難しく、ドイツとしてはロシアからの天然ガス輸入を最大限絞る政策を実施していくことが予想されます。
その場合、ドイツ経済は操業停止や時短を強いられた企業が続出し、企業への資本注入、失業者への失業手当等の所得補償が必要だとする意見も噴出しています。
ドイツでは、エネルギー供給の削減による成長率の低下、そして物価高が加わり、“スタグフレーション”に陥るリスクが高まると予想されています。
EUではロシア・ウクライナ戦争が長期化すれば、脱炭素に向けての開発の遅れが想定されています。
以上はEUの盟主、ドイツを見てきたのですが、このエネルギー価格の上昇、また資源価格の上昇は日本にも波及し、日本にも対応を迫るものとなります。
では、エネルギーについて日本の立ち居を見ておきたいと思います。EUではロシアへの依存が圧倒的でしたが、日本の場合には運よく、オーストラリア、中東が主体で、ロシアのシェアはLNGで8.2%、石炭で12.5%と少なく、石油に至っては0%と言ったところで、EUとは大きく状況が異なるものになります(図2)。
したがって、EUほどには騒ぎ立てる必要はないかもしれませんが、しかし資源価格の上昇だけは世界的現象になっており、国内物価の高騰には注意する必要があるものと思われます。
2022年3月16日の東北地方で起きた最大震度6強の揺れを観測した地震により、一部の火力発電が運転を停止し、電力需給がひっ迫しました。
2011年3月11日の東北大震災以来原子力発電所の再開、新設はほぼ凍結され、日本の電力供給は現在再生可能エネルギ―(18%)、原子力(6%)、LNG(37%)、石炭(32%)、石油等(7%)で賄われており、原子力発電所が占めるエネルギー供給はわずか6%になっています。
今後電気自動車社会が到来すれば、必ず電気の利用は高くなり、その増大分をどのように賄うかが大きな焦点になります。
2021年に策定された経済産業省の中長期エネルギー政策を示せば、脱炭素社会を目指して2030年のエネルギー供給の内容は、水素・アンモニア(1%)、太陽光(15%)、風力(6%)、水力(10%)、バイオマス(5%)、原子力(20~22%)、LNG(20%)、石炭(19%)、石油等(2%)となっており、再生可能エネルギーは36~38%、原子力が20~22%と、大幅な伸びをもって日本の電力を賄う構想が示されています(図3)。
しかし原子力発電所に関してはこれまで、経産省から原子力安全・保安院から分離してできた原子力規制委員会の厳しい安全対策要求 、また自治体の判断など、原子力発電所を取り巻く環境は特に厳しいものがあり、国の政策実効性は難しいものがありました。
しかし一方、欧米では安全性を高め、工期も短縮できる小型モジュール炉の商用化にこぎつけるなど、新型原発の開発に注力しています。
特に現在エネルギー危機に陥ろうとしているドイツでは、長年原子力から距離を置いていたのですが、電源強化に“原子力”が入る可能性はあります(従来は、電力不足はフランスの原子力発電所に頼っていました)。
もしもこれからの「電気社会」を想定するなら、原子力の活用は非常に重要な問題になると思いますが、この解は欧米の「小型モジュール炉」が握っている感じがします。
ただしかし、新しい問題も浮上してきました。ロシアがウクライナ侵攻を企て、原子力発電所を攻撃対象として選んだことから、今後日本が何らかの形で紛争、戦争に巻き込まれた場合、日本の核施設が攻撃対象となる危険性があることです。
今後テロ活動、戦争での有事の備えが非常に大切になってきました。
また、もう一方の重要な電力供給の分野を賄う「再生可能エネルギー」ですが、太陽光発電についてはパネルの置き場所が限界に近づいており、また太陽光発電の発電量が天候によって左右されるために、その増減に合わせて別の電源で埋め合わすことが必要になります。したがって、天候が良く、過剰の電気が発生した場合、その過剰電気を蓄えるための大型蓄電池が必要になりますが、現在十分な蓄電池が確保できているとは言えない状況です。
そして、国内の送電網は大手電力会社ごとに分かれており、各地域を結ぶ送電網が十分ではありません。
また風力発電ですが、日本の洋上風力発電は適切な場所がほぼ限定されている上に、欧州の遠浅での洋上風力発電に比べて日本の場合は水深が深く、技術的にも難しいところが多いと言います。
以上、産業段階での問題点が幾つか挙げられますが、現在6%のエネルギーシェアを2030年には20~22%と、14~16%も拡大することを構想されている原子力が、実は我が国のエネルギー供給の「キャスティングボード」を握っていることが分かります。
しかし、2011年3月11日以来、原子力発電再開は最近まで非常に難しいことでした。
しかし、その流れが変わろうとしています。
2022年3月16日の東北地方激震による火力発電の停止が、日本の民意を変えつつあります。2022年3月28日の日本経済新聞によれば、原子力発電所の「再稼働を進めるべきだ」:53%、「進めるべきでない」:38%と、2021年9月の、「再稼働を進めるべきだ」:44%、「進めるべきでない」:46%を超えて、「再稼働を進めるべきだ」が半数以上を占め、日本の将来に新しい展望がもたらされようとしています。
もしも再稼働が認められれば、2030年のエネルギー政策は実現できる可能性は高くなります。
これらを実現するためにはどうしても財源が必要になります。
上記経済産業省の政策を実現しようとする場合、そして「水素・アンモニア」の技術開発等を考慮するだけでも、莫大な研究開発費、また利益を生まないために民間が手を出し難い分野への多くの設備投資が必要になってくると思われます。すなわち、多額の財源確保が必要になります。
長い間財政措置を行わなかった政府ですが、2022年5月19日、政府は脱炭素に向けて新たに「GX(グリーントランスフォーメーション)経済移行債」を発行し、今後10年間に150兆円規模の投資を実現するために、政府資金20兆円規模を用意し、民間資金を呼び込みたいとしました。
「GX経済移行債」は2酸化炭素(CO2)排出に値付けをするカーボンプライシングの制度を決定し、排出枠取引や炭素税による収入などの財源を確保するまでのつなぎの役割を想定し、早ければ2023年度中の発行を目指すとされています。
EUを中心に環境債が発行されていますが、日本は財務省のPB政策により、先延ばしされてきました。
岸田文雄首相は「省エネ法などの規制対応、水素・アンモニアなどの新たなエネルギーや脱炭素電源の導入拡大に向けて新たなスキームを具体化させるとしています。
やっと、日本も脱炭素の移行に向けて用途を絞る国債とはいえ、財政措置がとられたことの意義は大きく、発展の一歩ではないかと思われます。
現在日本では様々な企業が脱炭素エネルギー開発に向けて動いています。
「ENEOS」は、再生可能エネルギーの電力で水を電気分解し、電気分解してできた水素と工場などから排出される二酸化炭素(CO2)を合成することで、合成燃料をつくる研究を進めている。
また、国内最大手の火力発電事業者「(株)JERA(東京電力グループと中部電力が出資する発電会社)」は、2020年、「JERAゼロエミッション2050」のロードマップの中で、燃料アンモニアの火力発電への混焼、専焼への活用を明記しています。
国内企業のこうした脱炭素に向けた活動(原子力を含めて)に、財政支援が行われれば、日本の発展にも希望が持てるものになります。
欧米に遅れることなく、言い方は悪いのですが、ロシア・ウクライナ戦争をEUにキャッチアップする好機と捉え、人材育成、潤沢な経済活性化資金をもって日本社会を発展させて頂きたいものです。
電気自動車、電機飛行機、様々な電気を中心にした技術開発が進んでいます。国の積極的な財政支援が求められます。
「GX経済移行債」が日本浮揚の起爆剤の一つになることを期待したいと思います。